小島寛明の「規制とテクノロジー」 第77回
フジテレビのリアリティショー「テラスハウス」に出演していたプロレスラーの木村花さんが2020年5月23日に亡くなった。
複数の報道によれば、警視庁は発見時の自宅の状況などから自殺とみている。木村さんは、番組での言動からツイッターなどのSNS上で、匿名の投稿者たちの激しい誹謗中傷にさらされていたという。
これに対し、NHKの報道によれば、高市早苗総務相は26日、投稿者を特定する仕組みの見直しを進めると述べている。自民党も、ネット上の誹謗中傷への対策を検討するプロジェクトチームをつくった。
こうした出来事を極小化するため制度面で何ができるのか、という議論が起きるのは自然な流れだ。
国会議員が敏感に反応するのも頷ける。議員たちも、与野党を問わず、ネット上で誹謗中傷にさらされている。
●発信者を特定するプロ責法
高市総務相の発言は、発信者の特定などに使われるプロバイダー責任制限法(プロ責法)の改正を念頭に置いている。
人気漫画を大量に掲載していた海賊版サイト「漫画村」をめぐる一連の事件で、運営者の特定に使われ、一部で知名度を上げた法律だ。
名誉毀損、プライバシー侵害、著作権侵害コンテンツなど、他人の権利を侵害する情報の発信者を特定するうえで、プロバイダーが保有する情報を開示するよう請求できる。
この3つの類型では、木村花さんのケースは名誉毀損、住所などがさらされる事案はプライバシー侵害、漫画村は著作権侵害の問題が中心になると考えられる。
実は、プロ責法の改正をめぐる議論は、テラスハウスの出演者に対する攻撃とは直接には関係がない。
総務省はすでにプロ責法の改正を議論する有識者の研究会を設置していて、大臣の発言の前にあたる4月30日に最初の会議を開いている。
会議で使われた資料が興味深い。
●名誉毀損の事案が増加
NTTコミュニケーションズがこの会議に提出した資料によると、発信者の情報を開示するよう求める請求は、最近の3年間で倍増している。
最近の傾向としては、上記の3類型ではプライバシーや著作権に対する侵害事案は横ばいだが、名誉毀損が顕著に増えているという。
同社による詳細な分析は示されていないが、誹謗や中傷を受ける人も、発信者を特定して訴訟を提起しようとする人も増えていると考えられる。
●現行制度では、特定が困難なケースも
現在のプロ責法に基づく制度では、発信者の情報を特定するのはけっこう大変だ。
SNSの運営会社に対して情報の開示を請求しても、発信者の実名や住所、電話番号など個人の特定に至る情報にたどり着けるケースは多くない。
まず、SNSの事業者に開示請求をし、そこで得られた情報を基に、インターネットの接続に使ったサービスのプロバイダーや、携帯電話のキャリアなどを特定する。
裁判を通じてこうした手続を踏んでいくと、発信者の特定まで1年以上かかることもあるという。
さらに、SNSの運営会社に対しては、情報を送受信する際に送信者や受信者の識別に使うIPアドレスなどの開示を求めるが、SNSに投稿した時点のIPアドレスがなく、発信者の特定が困難なケースが増えている。
そこで、会議の事務局を務める総務省が検討課題に挙げているのが、電話番号や、投稿時だけでなくSNSにログインした時点のIPアドレスを開示させる制度改正だ。
●手続きのハードルを下げる制度変更も検討されている
さらに、手続きのハードルを下げる制度改正も検討課題とされている。
NTTコミュニケーションズが提出した資料によれば、権利を侵害された人が裁判を起こした場合は、裁判所が発信者の情報を開示させるかどうかを判断する。
一方で、裁判を起こさずに開示請求があった場合は、発信者側に意見を尋ね、開示に同意した場合は、情報を開示する。
しかし、「あなたの投稿に対して、発信者の開示請求が来ています。開示していいですか」という問い合わせがプロバイダーから届いたとき、どうぞ開示してくださいと答える人は少ないだろう。
結果として、名誉を傷つけられたとして発信者の開示を求める人は、裁判を起こさざるを得ない現状がある。
これに対して、任意の開示を促す制度変更が今後、この会議で検討されそうだ。
●開示請求の乱用が懸念材料に
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